「またか…」。
薬局のカウンターで、あるいは病院の診察室で、必要な薬がなかなか手に入らないという現実に直面し、ため息をついた経験のある方は少なくないのではないでしょうか。
近年、特に後発医薬品を中心に、医薬品の供給不安が常態化しつつあります。
なぜ、「あって当たり前」と思われていた薬が、私たちの手元に届きにくくなっているのでしょうか。
本記事では、長年製薬企業の営業・マーケティング部門に身を置き、現在は医薬品流通業界誌のライターとして活動する私、川嶋雅也が、その複雑な背景に迫ります。
私の視点は一貫して“現場主義”です。
机上の空論ではなく、実際に薬が動く最前線で何が起きているのか。
制度、構造、そして人間関係が複雑に絡み合い、時に医薬品の流れを滞らせる「障害要因」を、一つひとつ丁寧に可視化していきたいと考えています。
目次
医薬品流通の基本構造とプレイヤーたち
まず、私たちの手元に薬が届くまでの基本的な道のりを確認しておきましょう。
この流れと、そこで重要な役割を担うプレイヤーたちを理解することが、問題の核心に迫る第一歩となります。
医薬品が患者に届くまでの流れ
医薬品が患者さんの元へ届くまでには、大きく分けて以下のようなステップがあります。
- 製薬企業:薬を研究開発し、製造します。
- 医薬品卸売業者(以下、医薬品卸):製薬企業から薬を仕入れ、医療機関や薬局へ供給します。
- 医療機関・薬局:医師が処方し、薬剤師が調剤を行い、患者さんへ薬を渡します。
この流れは一見シンプルに見えますが、各段階で多くの情報(品質、在庫、需要予測など)とモノ(医薬品そのもの)が複雑に行き交っています。
卸業者・販売会社・医療機関・薬局の役割
それぞれのプレイヤーが持つ役割をもう少し詳しく見てみましょう。
- 製薬企業(販売会社):
- 医薬品の研究開発、製造、品質保証
- 医薬品卸への製品供給
- 医療従事者への情報提供活動(MRなど)
- 医薬品卸:
- 全国の医療機関・薬局への医薬品の安定供給(約24万軒へ約13,000品目)
- 在庫管理、品質管理(厳格な温度管理など)
- 緊急時の医薬品配送
- 医療機関・薬局への情報提供、経営支援
- 災害時やパンデミック時における医薬品供給のライフラインとしての機能
- 医療機関・薬局:
- 患者への診断・処方(医療機関)
- 調剤、服薬指導、患者の薬歴管理(薬局)
- 医薬品の在庫管理、発注業務
「医薬品卸は、単にモノを右から左へ流すだけではない。
国民皆保険制度の下、全国どこでも同じ品質の医療を受けられるようにするための、いわば“社会インフラ”としての使命を負っているのです。」
(あるベテラン卸売業者の言葉)
このように、各プレイヤーがそれぞれの専門性を発揮し、連携することで、医薬品は必要な人の元へと届けられています。
見落とされがちな“つなぎ目”の存在
しかし、この連携がスムーズにいかない「つなぎ目」にこそ、問題が潜んでいることが少なくありません。
例えば、製薬企業と医薬品卸の間、あるいは医薬品卸と医療機関・薬局の間での情報共有の遅れや認識のズレ。
また、価格交渉や受発注のプロセスにおける非効率な慣習なども、流通のボトルネックとなり得ます。
これらの“つなぎ目”で何が起きているのかを注視することが、流通障害の要因を理解する上で非常に重要です。
現場視点で見る主要な障害要因
では、具体的にどのような要因が医薬品の安定供給を妨げているのでしょうか。
現場の実態を踏まえながら、主要な障害要因を掘り下げていきます。
在庫管理と需給ギャップのリアル
近年、特に後発医薬品を中心に「薬が足りない」という声が頻繁に聞かれます。
その背景には、深刻な在庫管理の問題と、需要と供給の間に生じるギャップがあります。
ある製薬企業が何らかの理由で製品の出荷を停止すると、その影響は瞬く間に他の企業へ波及します。
代替品を求める需要が一気に集中し、まるでドミノ倒しのように、次々と他の製品も品薄になっていくのです。
製薬企業側も増産体制を敷いて対応しようとしますが、急激な需要増に生産が追いつかず、結果として「限定出荷」といった措置を取らざるを得ない状況が続いています。
「安全在庫」と「適正在庫」のジレンマ
医療機関や薬局、そして医薬品卸は、欠品を避けるために一定量の「安全在庫」を確保しようとします。
しかし、どの程度の在庫が「適正」なのかを見極めるのは非常に難しい問題です。
- 在庫が少なすぎれば、急な需要増に対応できず欠品リスクが高まる。
- 在庫が多すぎれば、保管スペースや管理コストが増大し、使用期限切れによる廃棄リスクも生じる。
このバランスは、長年の経験や勘に頼らざるを得ない部分も多く、そこに需給ギャップを生む一つの要因が潜んでいます。
製造・供給側の「計画」と「現実」の乖離
製薬企業は、年間の需要予測に基づいて生産計画を立てています。
しかし、その計画通りに事が進まないケースも少なくありません。
例えば、以下のような要因が挙げられます。
- GMP(Good Manufacturing Practice:医薬品の製造管理及び品質管理の基準)違反:製造過程での不備や違反が発覚し、生産停止や製品回収に至るケース。
- 品質問題:予期せぬ品質不良が発生し、出荷が遅延する。
- 原材料の調達難:医薬品の原材料の多くを海外に依存しているため、国際情勢の変動や供給国の事情により、調達が不安定になるリスク。
ある製薬工場の担当者はこう語ります。
「データは日々蓄積されています。
しかし、それをリアルタイムで分析し、生産計画に即座にフィードバックする仕組みがまだ十分とは言えません。
結果として、計画と現場の実態との間にズレが生じてしまうのです。」
この「計画と現実の乖離」が、安定供給の大きな足かせとなっているのです。
こうした製造現場での品質管理の徹底と、計画と現実のギャップを埋めるためには、高精度な分析装置とその適切な運用が鍵となります。
例えば、医薬品分析装置の輸入・販売から校正、バリデーション、技術サポートまでを一貫して手がける日本バリデーションテクノロジーズ株式会社(現:フィジオマキナ株式会社)のような専門企業は、製薬企業がGMP基準を遵守し、高品質な医薬品を安定的に製造するための重要なパートナーと言えるでしょう。
彼らが提供する溶出試験器や関連機器、そして装置のバリデーションやキャリブレーションといった技術サービスは、まさに医薬品の品質と供給の信頼性を支える基盤技術の一つであり、計画通りの安定供給を実現する上で欠かせない存在です。
医療機関・薬局の発注実務に潜むリスク
医療機関や薬局の日々の発注業務にも、見過ごせないリスクが潜んでいます。
多くの医療機関や薬局では、月末の在庫を極力減らし、月初にまとめて発注するという慣習が見られます。
これは経営上の理由(在庫評価額の圧縮など)から行われることが多いのですが、結果として医薬品卸や製薬企業の出荷業務に大きな負荷をかけることになります。
特に近年問題視されている「物流の2024年問題」(トラックドライバーの時間外労働規制強化による輸送能力の低下懸念)と相まって、こうした集中発注は、配送遅延のリスクをさらに高める要因となり得ます。
また、発注担当者の経験則や勘に頼った発注、あるいは欠品を恐れるあまりの過剰な発注も、全体の需給バランスを微妙に狂わせる一因となります。
通信インフラやEDIシステムの限界と課題
医薬品の受発注や在庫情報の共有には、EDI(Electronic Data Interchange:電子データ交換)システムが活用されています。
代表的なものに「JD-NET」などがあり、業界全体の効率化に貢献してきました。
しかし、このEDIシステムも万能ではありません。
表1:EDIシステム利用における課題例
課題の種類 | 具体的な内容 |
---|---|
相互運用性 | 全ての取引先が同一システムを利用しているわけではなく、データ連携に手間がかかる場合がある。 |
導入コスト | 中小規模の薬局などでは、システム導入や維持のコストが負担となることがある。 |
ITリテラシー | システムを使いこなすための知識やスキルが不足し、FAXや電話などアナログな手段に頼らざるを得ない。 |
システム更新 | EDIシステムのバージョンアップ(例:JD-NET第8次システム)に伴う仕様変更への対応負荷。 |
災害時の脆弱性 | 大規模災害時に通信インフラが途絶した場合、EDIシステムも機能停止するリスクがある。 |
これらの課題は、特に情報伝達のスピードや正確性が求められる医薬品流通において、無視できない障害となり得ます。
ルールと現実のズレ:制度的要因の影響
医薬品の流通は、薬価制度や販売制度といった公的なルールによっても大きく左右されます。
しかし、そのルールと現場の現実との間に生じる「ズレ」が、新たな問題を引き起こすこともあります。
販売制度と薬価制度がもたらすプレッシャー
日本の医療保険制度において、医薬品の価格(薬価)は国が定めています。
しかし、実際に製薬企業から医薬品卸へ、そして医薬品卸から医療機関・薬局へと販売される際の取引価格は、市場の競争原理によって変動します。
この「公定価格(薬価)」と「市場実勢価格」の差額が、いわゆる「薬価差益」です。
医療機関や薬局にとっては収益源の一つとなり得るため、できるだけ安く仕入れたいというインセンティブが働きます。
一方、製薬企業は薬価に近い価格で販売したいと考えます。
この両者の間に立つ医薬品卸は、非常に難しい立場に置かれます。
長年にわたる商習慣として、「未妥結・仮納入」(価格が決まらないまま納品し、後で価格交渉する)や「総価取引」(個々の医薬品の価格ではなく、取引総額で調整する)といった慣行が一部で残っており、これが価格形成の不透明さや、医薬品卸の収益構造を圧迫する一因となっていると指摘されています。
「薬価は毎年と言っていいほど改定されます。
特に中間年改定(2年に一度の通常改定の間の年に行われる改定)は、我々卸の経営にとっては大きなプレッシャーです。
安定供給を維持するためには相応のコストがかかるのですが、その原資を確保するのが年々難しくなっているのが実情です。」
(ある医薬品卸の経営者)
このような制度的なプレッシャーが、結果として流通現場の疲弊を招き、安定供給を揺るがしかねない状況を生み出しているのです。
トレーサビリティ義務と過剰な書類対応
医薬品の安全性を確保し、万が一の事故や偽造医薬品の流通を防ぐために、トレーサビリティ(追跡可能性)の確保は極めて重要です。
具体的には、個々の医薬品の包装箱にシリアル番号を表示し、製造から販売までの流通経路を記録・管理することが求められています。
この取り組み自体は非常に意義深いものですが、現場ではそのための記録・報告業務の負担増という側面も持ち合わせています。
特に、医薬品の回収が発生した場合、迅速かつ正確に対象製品を特定し、回収作業を行わなければなりません。
また、近年問題となっている偽造医薬品の流入を防ぐ上でも、個品単位での厳格な管理は不可欠です。
しかし、これらの対応を紙ベースや手作業で行っている場合、その事務作業は膨大なものとなり、本来の業務を圧迫しかねません。
システム化が進んでいる企業とそうでない企業との間で、対応力に差が生じているのも現実です。
「適正在庫」の幻想と納品スピードへの歪み
「適正在庫」という言葉はよく耳にしますが、その具体的な定義は非常に曖昧です。
何をもって「適正」とするかは、医療機関の種類や規模、地域の特性、季節変動など、多くの要因によって左右されます。
- 欠品を恐れるあまり、必要以上の在庫を抱え込んでしまう(過剰在庫)。
- 結果:保管スペースの圧迫、管理コストの増大、使用期限切れによる廃棄リスク。
- 逆に、在庫を極端に圧縮しすぎた結果、急な需要に対応できず品切れを起こしてしまう(過少在庫)。
- 結果:患者への薬剤提供の遅延、医療機関・薬局の信頼低下。
このジレンマの中で、多くの医療機関からは「必要な時に、必要な量を、すぐに届けてほしい」という、いわば「即納」の要求が常態化しています。
これに応えるため、医薬品卸は高い水準の在庫を維持せざるを得ず、これが経営を圧迫する一因ともなっています。
国が示す「流通改善ガイドライン」では、個々の医薬品ごとに価格を決定する「単品単価取引」が推奨されています。
しかし、現実には依然として「総価取引」が行われ、その調整弁として在庫量が利用されるといった、いびつな構造が残っているケースも散見されます。
この「適正在庫」という名の幻想が、納品スピードへの過度なプレッシャーを生み、流通現場に歪みをもたらしているのです。
「人」による障害:現場の声から見える課題
制度やシステムがいかに整備されても、それを運用するのは「人」です。
そして、その「人」に起因する問題もまた、医薬品流通の障害となり得ます。
現場の生の声に耳を傾けると、様々な課題が見えてきます。
担当者の経験差と属人的な判断
医薬品の発注、在庫管理、医療従事者への情報提供といった業務は、担当者の経験や知識、スキルによって、その質にばらつきが生じやすい領域です。
例えば、ベテランの担当者であれば、過去のデータや季節変動、地域の特性などを考慮して、的確な需要予測に基づいた発注が可能です。
しかし、経験の浅い担当者の場合、どうしてもマニュアル通りの対応になったり、突発的な状況変化への対応が遅れたりすることがあります。
特に、中小規模の薬局や医薬品卸の支店などでは、特定のベテラン社員に業務が集中し、その人が不在になると業務が滞ってしまう、いわゆる「属人化」の問題も深刻です。
知識やノウハウが組織として共有されず、個人の能力に依存する体制は、安定的な業務遂行のリスクとなります。
「あの人がいないと、この業務は分からない」。
そんな言葉が聞かれる職場は、決して少なくないのではないでしょうか。
医師・薬剤師・卸の三者関係の温度差
医薬品が患者さんに届くまでには、医師、薬剤師、そして医薬品卸の担当者(MS:Marketing Specialist)という、主に三者が関わります。
それぞれの立場や専門性が異なるため、時に情報共有の齟齬や連携不足が生じ、それが流通の円滑さを損なうことがあります。
- 医師:最新の治療情報や医薬品の有効性・安全性を重視し、患者にとって最善の処方を選択する。
- 薬剤師:処方箋に基づき正確に調剤し、患者への服薬指導や副作用モニタリングを行う。医薬品の品質管理や在庫管理も担う。
- 医薬品卸(MS):医療機関や薬局に対し、医薬品の安定供給、品質管理、情報提供を行う。
それぞれの専門性や優先順位が異なるがゆえに、コミュニケーションの「温度差」が生まれることがあります。
例えば、新薬に関する情報提供のタイミング、副作用情報の共有方法、あるいは欠品時の代替品提案など、些細な連携のズレが積み重なり、結果として患者さんへの影響につながる可能性も否定できません。
営業現場での“忖度”と“黙認”がもたらす曖昧さ
長年の取引関係や、時には力関係の不均衡から、公式なルールやガイドラインから逸脱した慣行が、営業現場で“忖度”されたり“黙認”されたりするケースがあります。
例えば、医療機関からの過度な値引き要求に応じざるを得なかったり、本来であれば受け付けられないような返品を特例として処理したりする、といった事例です。
これらは、短期的な取引維持のためにはやむを得ない判断と映るかもしれませんが、長期的には公正な競争を阻害し、流通全体の歪みを助長する可能性があります。
製薬企業のMR(医薬情報担当者)と医療機関との間、あるいは医薬品卸のMSと医療機関・薬局との間で、販売目標達成のために行われる非公式なやり取りや「暗黙の了解」が、結果として業界全体の透明性や効率性を損ね、医薬品の安定供給という大目標の達成を妨げる要因となり得るのです。
このような「曖昧さ」は、問題が表面化しにくい土壌を作り出し、根本的な解決を遅らせる温床ともなりかねません。
コロナ禍と薬機法改正がもたらした新たな波
近年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック、そしてそれと並行して進められてきた薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の改正は、医薬品流通の世界に新たな、そして大きな波をもたらしました。
パンデミックが露わにした流通の脆弱性
世界中を未曾有の事態に陥れたコロナ禍は、日本の医薬品流通システムが抱える脆弱性を白日の下に晒しました。
特定医薬品への需要急増と供給不安
感染拡大初期には、解熱鎮痛剤や咳止めといった特定の一般用医薬品や医療用医薬品に需要が殺到し、多くの薬局や医療機関で欠品が相次ぎました。
これは、国民の不安感もさることながら、平時の需要を前提としたサプライチェーンが、急激な変動に対応しきれなかったことを示しています。
サプライチェーンの寸断リスク
医薬品の原材料や原薬の多くを海外に依存している日本にとって、国際的な物流の混乱や、生産国のロックダウンなどは、直接的な供給不安に繋がりました。
グローバル化されたサプライチェーンのメリットの裏に潜むリスクが、改めて浮き彫りになったのです。
医療提供体制への負荷
ワクチンの大規模接種や検査キットの供給など、通常時とは異なる医薬品・医療材料の大量かつ迅速な配送業務が、医薬品卸の物流機能に大きな負荷をかけました。
一方で、受診抑制による一部医薬品の需要減少といった、予測困難な変化も同時に発生しました。
「あの時は本当に大変でした。
通常業務に加えて、ワクチンの超低温管理と配送、自治体との連携…。
まさに総力戦でしたね。」
(パンデミック対応にあたった卸売業者の声)
この経験は、医薬品流通におけるBCP(事業継続計画)の重要性を再認識させるとともに、より強靭なサプライチェーン構築の必要性を示唆しています。
オンライン診療と薬剤配送の課題と可能性
コロナ禍は、期せずしてオンライン診療・オンライン服薬指導の普及を後押ししました。
これにより、患者さんは自宅にいながら診察を受け、薬を受け取ることが可能になりつつあります。
これは、医療アクセスが困難な地域の住民や、感染リスクを避けたい人々にとって大きな福音となる可能性を秘めています。
しかし、この新たな流れは、医薬品の「配送」という新たな課題も生み出しています。
表2:オンライン診療・服薬指導に伴う薬剤配送の主な課題
課題項目 | 具体的な内容 |
---|---|
誤配送リスク | 宛先間違いや、異なる患者への薬剤取り違えなど、ヒューマンエラーによるリスク。 |
品質管理 | 特に温度管理が必要な医薬品(要冷蔵薬など)の配送中の品質担保。 |
即時性 | 患者がすぐに薬を必要とする場合、配送にかかる時間との兼ね合い。 |
配送料負担 | 誰が配送料を負担するのか(患者、薬局、保険者など)という費用面の問題。 |
情報連携 | 処方箋情報、調剤情報、配送状況などの確実な連携と、患者への適切な情報提供。 |
対面との差 | 薬剤師による対面での詳細な服薬指導や、患者の状態確認が難しくなる可能性。 |
これらの課題を克服し、安全かつ効率的な薬剤配送システムを構築することが、オンライン医療のさらなる発展には不可欠です。
一方で、テクノロジーの活用(ドローン配送、IoTによる温度管理など)による解決策も模索されており、今後の進展が期待されます。
新たな規制環境と業界の対応力
医薬品の安定供給確保は国家的な課題であり、薬機法もその強化に向けて改正が重ねられています。
メーカー責任の明確化
2021年の薬機法改正では、製薬企業に対して、医薬品の安定供給に関する責任がより明確にされました。
具体的には、供給不安を引き起こすリスクを早期に把握し対応するための「医薬品安定供給管理責任者」の設置や、製造販売する医薬品の供給を停止する際の国への事前届出などが義務付けられました。
安定供給医薬品の指定
医療上の必要性が高く、供給不安が生じた場合に国民の生命・健康に重大な影響を与える可能性がある医薬品を「安定確保医薬品」として国が指定し、製造業者に対して増産要請や情報収集を行う仕組みも導入されています。
電子処方箋の活用
電子処方箋の普及は、全国レベルでの処方・調剤情報をリアルタイムに近い形で把握することを可能にし、より精度の高い需給予測や、地域偏在の解消に繋がることが期待されています。
これらの新たな規制環境に対し、製薬企業、医薬品卸、医療機関・薬局は、それぞれ対応力を高めていく必要があります。
また、GDP(Good Distribution Practice:医薬品の適正流通基準)といった国際的な品質管理基準への準拠も、グローバルな視点での安定供給と品質保証のためには避けて通れない道です。
解決へのヒントは“現場の納得”にある
これまで、医薬品流通を妨げる様々な要因を多角的に見てきました。
制度、構造、システム、そして人。
複雑に絡み合うこれらの課題を解決に導くヒントは、どこにあるのでしょうか。
私は、その鍵が「現場の納得」にあると考えています。
「ルール遵守」だけでは回らない流通現場
国や業界団体が策定するガイドラインやルールは、もちろん重要です。
それらは、医薬品流通の透明性や効率性、安全性を高めるための道しるべとなります。
しかし、現場の実情を無視した、あるいは実態にそぐわないルールをただ押し付けるだけでは、かえって混乱を招いたり、形骸化してしまったりする恐れがあります。
「ルールだから守りなさい」というトップダウンのアプローチだけでは、現場で日々奮闘する人々のモチベーションを高め、真の改善につなげることは難しいでしょう。
流通の現場は、日々変化する状況への柔軟な対応が求められる、生きた場所です。
そこでは、成文化されたルールと、長年の経験の中で培われてきた暗黙知や現場の裁量との間に、常に緊張関係が存在します。
このバランスをいかに取るかが、極めて重要になってくるのです。
小さな現場改善がもたらす大きな変化
大規模な制度改革やシステム刷新も時には必要ですが、それと同時に、あるいはそれ以上に、現場レベルでの地道な改善活動の積み重ねが、大きな変化を生み出す原動力となり得ます。
例えば、
- 情報共有ツールの導入:卸と薬局間、あるいは薬局内のスタッフ間で、在庫情報や緊急連絡などをスムーズに共有できるシンプルなツールを導入する。
- 業務プロセスの見直し:発注業務や検品作業など、日常業務の中に潜む無駄や非効率な部分を洗い出し、小さな改善を積み重ねる。
- RFIDやバーコードの活用:医薬品の入出庫管理や棚卸業務にRFIDタグやバーコードシステムを導入し、ヒューマンエラーの削減と効率化を図る。
- 定期的な勉強会や意見交換会:製薬企業、卸、医療機関・薬局の担当者が集まり、互いの立場や課題を理解し合う場を設ける。
これらの取り組みは、一つひとつは小さなものかもしれません。
しかし、現場の担当者が主体的に関わり、「自分たちの手で職場を良くしていく」という意識を持つことで、その効果は着実に組織全体へと波及していきます。
そして、そうした小さな成功体験の積み重ねが、より大きな変革への土壌を育むのです。
川嶋流・現場の声を活かすアプローチ
私が製薬企業の営業マンとして、そしてマーケティング担当者として長年大切にしてきたのは、「現場の生の声に耳を傾ける」という姿勢です。
医師や薬剤師、そして卸の担当者たちが、日々どのような課題に直面し、何に困り、何を求めているのか。
その声に真摯に耳を澄ませることこそが、あらゆる施策の出発点であると信じてきました。
この信念は、ライターとなった今も変わりません。
医薬品流通の課題を解決するための新たな制度を設計する際も、革新的なシステムを導入する際も、最も重要なのは、実際にその制度やシステムを利用し、日々の業務を行う現場の人々が「納得」できるかどうかです。
現場の知恵を引き出す
現場には、長年の経験に裏打ちされた貴重な知恵やアイデアが眠っています。
それを丁寧に拾い上げ、改善策に活かしていく。
「やらされ感」ではなく「自分ごと」へ
一方的に指示するのではなく、なぜこの改革が必要なのか、それによって何がどう良くなるのかを丁寧に説明し、共に考えるプロセスを重視する。
そうすることで、「やらされ感」は「自分ごと」へと変わり、主体的な行動を促します。
この「現場の納得」を抜きにして、真の流通改革はあり得ないと、私は考えています。
まとめ
なぜ、私たちの手元に薬が届きにくくなることがあるのでしょうか。
本記事では、その問いに対し、医薬品流通の現場で起こっている様々な障害要因を、制度、構造、そして人の側面から読み解いてきました。
そこから見えてきたのは、単一の明確な原因ではなく、むしろ複数の要因が複雑に絡み合い、時に連鎖することで、医薬品の流れを滞らせているという実態です。
製造の問題、在庫管理の難しさ、制度と現実のギャップ、そしてコミュニケーションの壁。
これらが相互に影響し合い、問題をより根深くしています。
しかし、絶望する必要はありません。
解決の糸口は、必ず見つかります。
そして、その最大のカギを握るのが、本記事で繰り返し強調してきた「現場の納得」です。
どんなに優れた制度や最新のテクノロジーも、それを使う「人」の理解と協力、そして何よりも「これで良くなるのだ」という納得感がなければ、その真価を発揮することはできません。
最後に、私、川嶋雅也からの提言です。
医薬品は、単なる「モノ」ではありません。
それは、人々の生命と健康を守り、時には人生そのものを左右する、極めて重要な存在です。
その医薬品を、必要な時に、必要な人の元へ、確実に届けるということ。
それは、製薬企業から卸、医療機関・薬局、そして患者さんへとつながる「信頼のバトン」を、途切れることなくリレーしていく行為に他なりません。
このバトンを未来永劫つなぎ続けるために、私たち一人ひとりができることは何でしょうか。
それは、自らの役割と責任を再認識すること。
立場を超えて互いの課題を理解し、連携を深めること。
そして何よりも、常に「患者さんのために」という原点を忘れないこと。
この基本的な姿勢に立ち返り、現場の知恵と情熱を結集した時、医薬品流通の未来は、より明るく、確かなものになると信じています。